大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)109号 決定 1963年12月26日
抗告人 大和通商株式会社
相手方 日清食品株式会社
主文
原判決を取消す。
本件を大阪地方裁判所に差戻す。
理由
本件再抗告理由は別紙の通りである。
よつて按ずるに、茨木簡易裁判所昭和三七年九月二八日本件抗告人の相手方に対する同庁昭和三七年(サ)第三九号証拠保全申立事件につき「昭和三七年一〇月一日午後一時相手方肩書所在地の相手方会社において相手方の即席ラーメン製造開始時より現在までの販売数量販売価格販売先を記帳した帳簿類並に相手方工場内に設備されている即席ラーメンの製造機械設備一切を検証する。」旨の決定をしたこと。右日時同裁判所が右決定に基き相手方工場に臨場し代表者に対し検証施行の旨告知したるに代表者はこれを拒否したので、抗告人は口頭で同裁判所に相手方の所持するミキサー外九種機械設備並に三菱商事株式会社外四者の売上帳、三菱商事株式会社外七者の仕入帳の提示命令(調書には提出命令と記載されているけれども証拠保全決定が検証決定であることに徴し提示命令の誤記と認める)の申立をなし、同裁判所はこれに基き、その場で相手方代表者に対し、右機械設備帳簿類の提示を命じたが相手方がこれに従わなかつたので検証不能に終つたこと。相手方は右提示命令に対し原審に抗告し原審は「原判決を取消す。本件を茨木簡易裁判所に差戻す。申立費用は相手方(本件抗告人)の負担とする。」旨の決定をしたが、その決定をした理由の要旨は、原審は前記簡易裁判所において検証物提示命令をなすには(一)相手方が検証の目的物を所持するかどうか(二)それを提示する義務が相手方にあるかどうかにつき相手方の認否を問い陳述をなす機会を与えねばならぬのに、同庁の昭和三七年一〇月一日付調書の記載からして右手続が履践せられていないものと判断し、右手続を履践せずしてなした検証物提示命令は民事訴訟法第三四三条第三三五条に違背するものであるというのであること。以上の事実は本件記録上明らかである。併しながら前記簡易裁判所が本件提示命令をしたのは右(一)(二)の点をいづれも肯定した上でこれをなしたものと解すべく、およそ提示命令をなすにつき原審挙示の二点につきその指摘する如き方式の審理を遂げることを必要的前提要件とする趣旨の規定はないのであるから、このような手続を履践しなかつたとしてもこれを直に以て提示命令をなすについて法令に違背したものとなすのは失当である。原審は目的物提示義務の有無についての審理を重要視しているが、右提示命令にかかる物件中商業帳簿については、商法第三五条により裁判所は訴訟の当事者と同視すべき証拠保全申立事件における相手方に対しその提出を命ずることを得るものであるから提示を命ずることもできるものと解すべく、その余の物件についても拒否すべき正当事由のある場合の外物件の所持者は該物件につきなす裁判所の検証に応ずる義務のあるものであつて、(この義務に応じない場合いかなる強制手段があるかは別の問題である)右の場合正当事由とは検証の目的物の提示により自己又は近親者若は雇主が処罰せられ、或はそれらの者の恥辱となり更には公務上や一定の職業上知得した秘密又は自己の技術若は職業上の秘密を洩らすことになるが如き場合を指すと解すべく、検証物提示申立に際し相手方より直にかかる正当事由の主張があつた場令これにつき審理を遂げるのは当然ながら、その主張なき場合、(前記調書の記載からはかかる主張があつたものと認められない)格別の審理の手続を履践せず提示を命じたからとて必しもこれを違法とすべきでなく、この命令に対する相手方の即時抗告を俟つて抗告審において正当事由の有無の審理をなすを以て足るものと解すべく、原審は本件検証物提示義務の範囲を不当に狭く解したためか延いて提示命令手続につき法の明らかに命じていない厳格なる手続を要するものとの解釈をなした違法がある。そしてこの違法は原決定に影響を及ぼすことは明らかであり、本件再抗告は理由がある。なお本件については原審においてなお審理をなす必要があると認められるから民事訴訟法第四一四条但し書第三九六条第三八六条第三八九条第三九四条に則り原決定を取消し本件を原審に差戻すべきものとし主文の通り決定した。
(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)
別紙 再抗告理由書
第一点原決定は、本件検証調書(茨木簡易裁判所の昭和三七年一〇月一日付の調書)の記載を誤解している。
一、原決定は、茨木簡易裁判所が再抗告人の検証目的物の提示の申立を認容し相手方代表者に対し検証目的物の提示を命ずるに際しては、相手方代表者に対し右申立につきその認否を問い、相手方代表者に検証目的物の提示義務に関する陳述をなす機会を与える等、相手方が自らその目的物を所持しているかどうか及び相手方にこれを提示する義務があるかどうかを審理した上で提示を命ずべきであつたのにその手続を履んだかどうか本件記録上明らかでなく、本件調書の記載によるとむしろその手続を履んでいないものと思料される、としている。
二、しかし、本件調書には、相手方代表者の陳述として「当社は自己の特許権の範囲で営業しているもので申立人の特許権を侵害していない、提出命令には応じられい。」旨の記載がある。
右の陳述によると相手方は自ら目的物件を所持していることを認めており、提示の義務がない旨の主張をしていることに帰するのである。
従つて、右陳述の記載は、提出命令の後に記載されてはいるが、茨木簡易裁判所が相手方に対して原決定の所謂陳述の機会を与え、且つ提出義務の存否についても審理していることがうかがえるのである。
三、調書の記載は、その全体より判断すべきであつて、個々の記載にのみ拘泥してはならないのであり、特に簡潔な調書の場合には、調書全体の記載によつて手続の有無を判断すべきものと確信する。従つて、原決定は木を見て森をみざるの態度に出たものであり、その立論の前提を欠いている。
第二点仮りに第一点の主張が容れられなくても茨木簡易裁判所は原決定が要求する第一点第一項の手続を履んでいるのであり、原決定は民訴法一四七条を誤解している。
一、民訴法一四七条によると、調書によつてのみ証することができるのは、口頭弁論の方式に関する規定の遵守についてのみであつて、弁論の内容等については、他の証拠によつて証明することが許されるのである(兼子一著条解民事訴訟法I三七八頁、同民事訴訟法体系二三八頁等参照)。
二、本件においても、抗告人(申立人)が本件目的物件の提示命令の申立をした際、茨木簡易裁判所は、相手方に対し意見弁解を陳べる機会を与えたのであるが、相手方代表者は「当社は自己の特許権の範囲内で営業しているもので、申立人の特許権を侵害していない」旨陳述したに止りその余の陳述をしなかつた。
そこで立会書記官補は、右陳述を目的物件提示拒否の理由を陳述したものと解し、宛も提示命令の後になされたものの如く記載したと推測されるのである。しかし、実際には、右の意見弁解陳述の機会を与えた後で、提示命令が出されたのである。調書の記載は簡略ではあるが、右の手続がなかつたわけではないのである。
右の点は、立会裁判官及び書記官補に問い合せれば直ちに判明することであつて、正に一挙手一投足の労を以て足るのである。
三、然るに原決定は、右の労を惜しんだのか事実を明らかにすることなく、調書の記載を形式的にのみ解釈して判断したものであるから、原決定は民訴法一四七条を誤解したものでその理由の前提を欠いているものといわざるをえない。
第三点原決定は、検証目的物の提示義務を誤解し、その誤つた解釈により違法な決論を下したものであり、取消を免れ難い。
一、原決定は第一点第一項に指摘する如く提示命令の性質を解釈し、書証の提示命令の場合と同一に解しているものの如くである。
二、しかし乍ら、民訴法二三五条一項は、同法三一二条及び三一三条を準用していないのであるから、検証目的物の提示命令申立の際には、提示義務の存在等を主張立証する必要はなく、書証の提示命令申立の場合とは異ることが明定されているのである。
即ち、検証目的物の所持人は、証人義務に類した一般義務を課せられているものと解すべきである(兼子、前掲条解III 一三九頁、同体系二八一頁参照)。此のことは、第三者が検証目的物を所持している場合でさえも正当な事由なしには提示命令を拒否しえない(民訴法三三五条第二項)ことによつても明らかであるといわざるをえないのである。
よつて、裁判所は目的物所持人において「正当な事由」を積極的に主張しない限り提示命令をなしうるものと解すべきである。
三、然りとすれば、仮りに茨木簡易裁判所が第一点第一項の原決定の要求する手続を履まなかつたとしても、何等、訴訟法に違背する点はなく、その理由によつて、同裁判所の提示命令が取り消されねばならないということもありうべからざることである。
結論
以上要するに、原決定は本件調書の記載を誤解し、その誤解を前提として議論を進めているのみでなく、民訴法一四七条及び三三五条を誤解して、謬つた結論に達したものであり、その訴訟法違背は、決定に影響を及ぼすことが明らかであり原決定は、取消を免れず、且つ相手方の抗告申立は却下さるべきものである。